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PROFILE

1973年東京生まれ原宿育ち。
ホフディランのボーカル&キーボーディストでありつつ、ザ・ユウヒーズ・BANK$名義でも常にPOPな作品を発表。
ポッドキャスト界では日本最多エピソードを誇る人気番組「こむぞう」を毎日配信しつつ、数多くの番組・企画をプロデュースしている。
とにかくなんかいつも楽しそうにしてるグルメ番長。おそらく探せばヤバイ過去もあるだろうが、このプロフィール欄では意図的にそこの部分は割愛させてもらいます。
(監督)

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ワタナファーザー
またもワタナベイビーのお父上様がなにかやらかしたようだ

本文はこちら
http://ameblo.jp/watanababy-blog/entry-10514853372.html#main

いや、なにも「やらかした」訳ではない
むしろ真っ当にお仕事をしているという証拠です。

むしろ、こんなことをブログで負けん気たっぷりに紹介する息子というのはどうなんでしょうか(笑)

まず41歳になって突如「息子キャラ」を前面に出していること自体がよく分からない。
なにか、親へのすり寄り、もっと言うなら財産へのすり寄りがあるような気がする。

くんくん、事件の匂いです!

問題の写真はこちら

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ワタナファーザーはどうやら
「これだけ銅材が高くなると、製品がまた高くなる」
と嘆いている。

どうやら『高騰する資源価格』というテーマらしい。

なんかヘルメットらしきものをかぶっているが、おそらく撮影が終わった瞬間には、いつもどおりメロンかなんかフルーツを食べているはずである。
もしかしたら、かぶってるヘルメットらしきものも、半分に切ったメロンという可能性もある。

とにかくこの家系はメロンが好きなのだ。

たぶん正確には
『これだけ銅材が高くなると、メロンがまた高くなる』
と発言してるんじゃないだろうか?

あるいは
『これだけ変な気候が続くと、僕の大好きなメロンが美味しくできるか心配だ』
と言ってるのかもしれない。

またはストレートに
「取材はいいから、早くメロンを食べたい」
と言ってるのかもしれない。

こう考えると、メディアって恐ろしい。。。
テロップ一つで発言を完全にねじ曲げてしまうのだ。

ワタナファーザー、本当はなんて言ってるんだろう?
by yuhiblog | 2010-04-27 09:48 | 軟式ニュース
DREAM!

大学の時に取っていた講義の中で

「アフリカのある民族では、夢の中で起きたことに対しても現実で罰則が与えられる」

というのを聞いたことがある。


つまり、嫌いなやつを殺したなんて夢を見た場合に、起きてからそれをしっかり自己申告(自首?)して、現実の社会でそれに見合った罰が与えられるというのです。

もちろん夢ですから、実際には殺してないですし、本人が言わなきゃバレないわけですが、その部族では夢の中のことでもちゃんと話して罰を受けるらしいんですね。

その話を聞いたとき「なんじゃそりゃ??たかが夢で」と思ったのですが、最近すごく分かるんですよね、その心理が。

単純に時間だけで考えても、1日の3分の1、つまり一生の3分の1は夢の中にいる訳で、実はすごいウェイトじゃないですか。

そして、時間ということだけではなく、気持ちという意味では、実は夢の中の方が自分の思ってる事・本性がすごく出るし、起きてからもしっかりそこを引きずってると思うんですよ。

そして、歳をとればとるほど、むしろ現実の世界よりも夢の中の方が、自分の今までの人生や想いを反映する場になってくるんですよね。
現実の世界ではなんとかとりつくろってることでも、夢の中では剥き出しで出て来てしまう。

つまり、夢の方がむしろ実際の自分に近い、ということが起こってくる。

そうなると、例の部族の、夢の中で起きたことも罰せられる、というのすごく分かるんですよ。
だって、現実世界ではなんとか理性で押さえてるだけで、本性ではそう思ってたり、そうしたかったりする訳だからね。

『マイノリティリポート』って映画は、未来の社会では、事件を100%予測して、事件が起こる前に犯人を捕まえるという話でしたが、それもある意味一緒ですよね。

犯人にしてみたら「なんでまだ犯罪やってないのに捕まるんだよ! やろうと思ってただけだよ」ってことですが、確実にやる訳です。
(もちろん実際にはそんな予測システムはできないと思いますが)

たぶん、皆さんもあると思うんですよ
どうしても忘れられなくて、夢にまで出てくるような人とか事柄とか

あるいは、心の奥ではしたくてしょうがないという行動が、夢の中で実現されるとか。

そういうのって、ただ変な夢見ちゃいました、ではなく、本当の自分が反映されてると思うんですね。

そのくらい、夢って重要なものなんですよね。

中には、現実の生活は辛くて、夜寝て夢見るのだけが楽しみ、っていう人だっているんじゃないでしょうか?

そう考えると、今で言うネット社会・仮想現実みたいなものは、人類誕生の昔から夢というかたちであったのかもしれません。
by yuhiblog | 2010-04-23 11:20 | 軟式LIFE
0から
POP!

渋谷に新しい仕事場を借りました。

音楽的な作業はもちろんですが、ちょっとした撮影やUSTREAM配信などもできるように想定した、まあ言ってみればスタジオです。

ただ、スタジオというと、いかにも防音したところにミックス卓とアンプが並んでて・・・という感じに響くと思うのですが、そういうのとはちょっと違うかなという感覚なので、仕事場と呼んでいます。

スタジオというよりは、もうちょっと生活空間に近い感覚でもあるし、また色々な作戦を練るというか、新しいことを発信してく場所だと思ってるので、秘密基地みたいな感じというかね。

で、まだ全くの空き部屋状態で、椅子や机もなく、電球すらつけてないのですが、最近はそこに毎日色々な人に来てもらって、一緒に色々な作戦を練っております。
(電球が付いてないので、夕方以降は打ち合わせもできません)

今、あえてその状態にしているのは、来てもらった人達に本当に「0から」一緒に作ってるという感覚を共有して欲しいからです。

たぶん、できあがったスタジオに来てもらうより、今の状態で来てもらった方が、来てくれた人達もこの場所に思い入れを入れてくれると思うんですよね。

先日ワタナベイビーも来ましたが、ここならこんなことできる、この部屋はこんな風に使える、と、珍しく興奮してました。

事務所のスタッフにも間取り図を渡して
「自分達でレイアウトを考えてみて」
と言ってます。

きっとそういう方が、一人一人の思い入れが強くなると思うんですよね。

思えば今まで主に作業をしていた原宿の作業部屋は、システムも含め、もう5年くらいは変わってなかったので、気分転換にもちょうど良い時期だと思います。


あ、あと全然関係ないですが、最近断酒をしています。

付き合いもあるので、さすがに全く禁酒というのは難しいので、週に1〜2日は知り合いと飲むのですが、それ以外は日々は飲まないようにしてます。


だからなんだよ?

という感じではありますが、まあ気分的に、かちっと仕事をしたい時期になったと、きっとそういうことなんでしょう。

色々な人と、0からを共有するのに良い季節になってきたという感じです。
by yuhiblog | 2010-04-18 22:27 | 軟式ニュース
極楽はどこだ!
POP!!

最近ふと思うのですが、僕もそろそろ
「幸せはなんだ!?」
と考える年頃になったかなと。

あ、べつに変な宗教とかに入った訳ではないので、ご安心を。

ただ、昔だったら、女の子にモテたいとか、うまいもん食べたいとか、そういう純粋な欲求みたいのがあったと思うんですね。
分かりやすい幸せ像というのがあった訳ですよ、自分の中に。

それって相対的というか、他者との比較としての幸せの計り方だったと思うのですよ。

相対的に見て可愛い子にモテたいとか、相対的に見て人より良い生活したいとかね。

最近はやっとそういうんじゃなくなったかなと。
人と比べてではなく、自分にとっての幸せってなんだろう、と、ある意味落ち着いて考えれるようになりましたね。

しかし、これはこれでまた面倒くさい問題がありまして。

例えば、相対的っていうのは、数字として出るもんですからね、1万円もするフカヒレを食っていれば「俺は今美味しい物を食べてる!幸せなんだぞ!」と納得しやすいんですけどね、自分にとってって考えちゃうと、フカヒレを食べてても「俺はフカヒレ食べて幸せなのかな??」って考えちゃう訳ですよ。

あ、べつにフカヒレなんて実際には食べてないですよ、ここ数年。

あるいは相対的な考え方だったら、みんなが「超可愛い!」って思う女の子と付き合えれば幸せだった訳ですが、自分にとってと考えると「この子が可愛いことが、俺にとって幸せかな?」と考えちゃう訳です。

あ、べつに超可愛い子と付き合ったりしてないですよ、ここ数年。

ということでね、相対的な幸せを求めなくなったということは、大人としてすごく落ち着いたという気もする反面、むしろ幸せをもっと深く追求するようになってしまった、という気もする訳です。

例えばTV画面って、今どんどん大きくなってるでしょ。

昔、うちには台所に小さなTVが1台あるだけだったんですが、それがだんだん大きくなって、そん時は幸せだったんですよ「やったー、画面が大きくなった!」って。
さらに自分の部屋にTVを買ったりして「やったー、自分の部屋でも見れるようになった!」って、これまた幸せ。

そのうち、どんどん画面が大きくなって薄くなって、色んなチャンネル見れるようになって、ある日ふと

「これなんなのよ???」

と思ってしまった訳です、僕は。
全然幸せじゃなくなって、なんか怖くなったんですよ。

つまりそれ以前までのTVと相対的に比べていた時は画面が大きくなるのも、台数が増えるのも幸せだったんですが、ある程度を超えた時点で、自分にとってほんとに幸せかどうか考えるようになった。

そうすると、自分にとって大事なのは、むしろ時間なんですね。

大事な時間を、この大きな画面が「もっとTV見ろ、もっとTVの前で一生をつぶせ」と言って来てるようで、すごく怖くなったわけですよ。

なんか拘束されてるような気になったんですね。

いや、実際そんな震え上がるほど怖くなったかというと、そうでもないですが、大げさに言えばそういうことです。

べつにTVだけじゃないですが、相対的な判断基準で幸せだと思って選んでたものが自分の周りに増えていった末に、ふと自分にとって本当の幸せってなんだろう?って考え始めると、むしろやっかいな状態にいることに気づくんですね。
自分にとって一番重要な時間というものを、相対的に見て幸せだったものに無駄に費やしてる気がして。

でも、そういうことを考えれるようになっただけいいんじゃないか、とも思うのです。

とりあえず今は「時間」がほんとに大事であるということには気づくようになりました。

はい。
by yuhiblog | 2010-04-06 17:32 | 軟式LIFE
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